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商標の先使用権の成立を否定し使用料率2%の損害賠償を認めた事例――日本酒「喜び」事件(商標・ブランド裁判例ライブラリー)
弁護士 溝上 武尊(弁護士法人HIRAKU)
目次
【裁判例情報】
| 裁判所 | 大阪地裁 |
|---|---|
| 判決年月日 | 令和8年5月28日 |
| 事件番号 | 令和6年(ワ)第12150号 |
| 事件類型 | 商標権侵害訴訟 |
| 争点 | 先使用権、損害額 |
| 結論 | 侵害肯定 |
- 登録商標の出願前から「喜び」の標章が使用されていたものの、出願当時の店舗数や被告製品の売上高から、先使用権に必要な周知性は認められませんでした。
- 被告らについて共同不法行為の成立を認め、製造者である被告高橋酒造店の売上高ではなく、被告喜代村による店舗での販売・提供に係る売上高を基礎として使用料相当額を算定しました。
- 商標法38条3項による使用料相当額の算定について、被告喜代村の売上高約15億6000万円を基礎とし、登録商標の顧客吸引力、本件商標に類似する標章の使用態様、当事者間の競合関係等を考慮して、使用料率を2%と認定しました。
1. 事案の概要
原告は、日本酒等を指定商品とする「よろこび」等の3件の登録商標(本件商標)の商標権者です。
被告高橋酒造店は、平成16年11月頃から令和6年9月まで、被告喜代村の依頼を受け、その専売品として「喜び」という名称の日本酒(被告製品)を製造し、「喜び」の標章を含む商品ラベルを付して納入していました。また、被告喜代村は、「すしざんまい」を運営する会社であり、被告高橋酒造店から納入を受けた被告製品を店舗において「喜び」の名称で提供していました。また、店舗のメニュー、ウェブサイト等においても「喜び」の標章を使用していました。
これに対し、原告は、これらの行為が登録商標に係る商標権を侵害するとして、使用の差止め、標章の抹消及び損害賠償を求めました。裁判所は、商標権侵害を肯定し、差止請求と抹消・損害賠償請求の一部を認容しました。
2. 争点
①被告喜代村に先使用権が認められるか
②商標法38条3項に基づく損害額
3. 判旨
(1)先使用権は認められない
被告喜代村は、本件商標の一部の出願前である平成16年11月から「喜び」の名称を使用していたとして、商標法32条1項に基づく先使用権を主張しました。
しかし、裁判所は、下記引用のとおり、平成19年3月時点においても、被告喜代村の店舗数は東京を中心に20店舗程度であり、被告製品の売上高も月150万円程度であったと認定し、これをもって「喜び」の標章が需要者の間に広く認識されていた(周知性があった)とは認められないとして、先使用権の成立を否定しました。
本件商標2の出願日は平成17年7月、本件商標3の出願日は平成19年3月であるところ、被告喜代村の主張によっても、平成19年3月の時点で、被告すし店は東京を中心に20店舗ほどにとどまるし……、被告製品の売上高も月に150万円程度にとどまるのであり……、かかる事実をもっては、被告各標章につき、「自己(被告喜代村)の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されてい」たとは認められない。
(2)損害算定の基礎となる売上高
裁判所は、被告高橋酒造店から被告喜代村への出荷本数や、被告喜代村の店舗における被告製品の提供価格等に基づき、平成16年12月から令和6年9月までの被告喜代村における被告製品の売上高(税込)を合計15億6391万5397円と認定しました。
また、裁判所は、被告らについて共同不法行為が成立し、被告高橋酒造店の売上高は被告喜代村の売上高を下回ることから、被告喜代村の上記売上高を基礎として使用料相当額を算定すべきであるとしました。
(3)使用料率は2%
裁判所は、下記引用のとおり、以下の個別事情に加えて商標法38条4項の趣旨も考慮し、使用料率を2%と認定しました。
- アルコール飲料に関する商標権のロイヤルティ料率について、平均2.8%又は2.0%とする調査結果が存在すること
- 原告の登録商標の一部については、長年の使用による一定の顧客吸引力が認められるが、周知性や売上高については証拠がないこと
- 被告喜代村が「喜び」の名称をウェブサイトやSNSで積極的に宣伝していたことや、訴訟前に商標権の譲渡・使用許諾を打診していたことなどから、本件商標に類似する標章の使用による売上げ及び利益への貢献が少なくとも一定程度あったと認められること
- 被告製品は被告喜代村のすし店において来店客に提供されているものであり、一般の市場において取引されているものではないから、原告の製品と被告製品が市場において競合している事実は認められないこと
その結果、15億6391万5397円×2%=3127万8308円が商標法38条3項に基づく損害額として認められました。
ア アルコール飲料のロイヤリティ料率に係る調査
証拠……によれば、「第33類 ビールを除くアルコール飲料」に係る商標権のロイヤルティ料率について、令和7年頃のロイヤルティ料率に係るアンケート調査においては、サンプルは3件、最大値7.5パーセント、中央値0.5パーセント、最小値0.3パーセントであり、平均値は2.8パーセントであったこと、平成22年頃の調査においては、サンプルは2件、最大値3.5パーセント、最小値0.5パーセント、平均値2.0パーセントとの結果であったことが認められる。
イ 原告商標の顧客吸引力
原告が代表者を務める初光酒造は、明治30年創業であるところ、本件商標1が登録された後の昭和48年頃から、同商標を用いた「よろこびの酒」などの名称の日本酒を製造販売してきたことがうかがわれ……、現在においては、本件各商標を用いた原告商品を製造販売している……。
このことからすると、特に本件商標1については、長年の使用による一定の顧客吸引力が備わっていることはうかがわれるが、他方で、その周知性やこれの前提となる売上等については特段の証拠がない。
ウ 被告標章の使用態様について
前記のとおり、被告製品の「喜び」との名称は、被告喜代村の「喜」を冠したものと解する余地もある。
加えて、被告喜代村が、被告製品につき「すしざんまいオリジナル特別純米「喜び」」として、コンクールで金賞を受賞したことも併せて本件サイト上に掲載し、さらに、本件投稿(令和元年9月26日のもの)においては、「すっきりしてて飲みやすいすしざんまいオリジナル特別純米酒「喜び」がおすすめ」、「パッケージに印刷されている、「喜び」の文字はすしざんまい社長が書いたものです」などと記載し、「喜び」を強調して積極的に宣伝していること……、本件訴訟前の原告・被告喜代村間の交渉段階では、被告喜代村は原告に対し、本件各商標権の譲渡や使用許諾を打診するなどしていたこと……からすれば、本件各商標に類似する被告各標章を被告商品に用いたことによる売上げ及び利益への貢献は、被告すし店が相応の著名性を有すること……を踏まえても、少なくとも一定程度はあったものと認められる。
エ 競合関係
原告が代表者を務める初光酒造と、被告製品を製造する被告高橋酒造店は、いずれも日本酒メーカーである点で抽象的には競業関係に立つが、他方で、被告製品は、被告すし店において来店客に提供されているものであり、一般の市場において取引されているものではないから、原告製品と被告製品が市場において競合している事実は認められない。
オ まとめ
以上の事情に加えて、商標法38条4項の趣旨も参酌の上総合考慮すると、本件各商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額を算定する際の使用料率は、2パーセントと認める。
なお、被告らは、被告製品の売上は専ら被告喜代村のすし店の著名性、その宣伝広告と被告高橋酒造店の酒造りの品質によるもので、原告に実施料相当額の損害は生じていないと主張しましたが、上記のとおり売上や利益への一定の貢献があるとして排斥されました。
4. 実務上のポイント
(1)先使用権の要件としての「周知性」
商標法32条1項によれば、商標法上の先使用権が成立するためには、登録商標の出願時において先使用権主張者の商標が「自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている」こと(周知性)が必要になります。商標に化体した信用の保護という商標法の立法趣旨を反映したものであり、特許法等の先使用権には見られない独自の要件です。
本判決では、被告側の店舗数と売上高を理由に周知性が否定されましたが、具体的にどの程度の需要者に知られていれば足りるのかについては何も述べられていません。この点につき、同じ飲食業に関するものとして、例えばケンちゃん餃子事件・大阪地裁平成21年3月26日判決があります。この判決では、「ケンちゃん餃子」等の標章について、登録商標の出願時まで約27年間使用され、年間約7億円以上の売上があったことに加え、関東地方等を対象とするラジオCMが放送されていたことなどから、当該地域における周知性があったとして先使用権が認められました。他方、古潭事件・大阪地裁平成9年12月9日判決では、ラーメン店等の「古潭」等の標章について、登録商標の出願時まで約14年間使用され、ラジオCM、地域情報誌への継続的な広告掲載、約10万部のチラシ配布等の広告宣伝が行われていたものの、需要者の間に広く認識されていたとは認められないとして、先使用権の成立が否定されました(これとは別に、店舗が水戸市及びその隣接地域に集中しており、標章が需要者に認識されている地理的範囲が限定されていたことも考慮されています)。
先使用権の成立に必要となる売上高等について明確な基準を見出すことは難しい状況ですが、裁判例上は使用期間の長さが考慮されることも多いといえます。本判決では明示的に言及されていませんが、被告らが「喜び」の使用を開始してから登録商標の出願までの期間が比較的短かったことも、上記裁判例との比較においては注目されます。また、「喜び」の標章について、出願時までに宣伝広告が行われていたことは判決上認定されていません。
(2)商標法38条3項に基づく損害額
本判決では、一般的なロイヤルティ調査を参照しつつ、最終的な使用料率は、登録商標自体の顧客吸引力、本件商標に類似する標章の具体的な使用態様、当事者間の競合関係等を総合して2%と認定されました。
本判決で参照されている調査結果は、以下の2つであると考えられます。
特許権侵害訴訟などと同様、一般的な調査結果は料率算定の出発点として位置付けられることが多く、本件でもこの点がある程度重視されているという見方も可能でしょう。
5. 関連裁判例・記事
小僧寿し事件・最高裁平成9年3月11日判決(使用料相当損害金につき損害不発生の抗弁を認めた)
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